祭文家と近江八幡BLUES一座

1997年夏に桜実家天勝師に誘われ鼓絃家弾丸がやぐらを見に行く。

志賀國天寿率いる『弦寿丸』(天寿、天弦、天丸)を見た弾丸は、
その可能性を感じたのだ。
当時『弦寿丸』は、ラップ江州音頭として、独特のサウンドを造りあげていた。
今までに無かったドラム、ベース、ギターと言う楽器の編成での江州音頭。
弾丸の組んでいたバンド『近江八幡BLUES一座』が桜実家天勝師とジョイントで
遊んでいたのはそれからすぐあとのことだった。

1998年、盛夏。
沖島での盆踊り、弦寿丸メンバーと、近江八幡BLUES一座とのジョイントで
音頭が繰り広げられた。これでもかと言うくらい狭いやぐらにひしめき合って・・・

以来、近江八幡BLUES一座メンバーも知らぬ間に江州音頭専門バンド(?)として、
活動するようになった。

もともと近江八幡BLUES一座は、アメリカのBLUESを中心に演奏をしていた。
メンバーもそのときどきで編成が異なり、いわゆるセッションメンバーでの活動を行っていた。
(まあ活動と言ってもほとんど休止状態が続いていたが・・・)

現在オリジナルサウンドが、江州音頭をまたまた新しい形を造りあげている。
BLUESを基調とし、和音を全く意識せずにファンキーなサウンドを造りあげ、
これをいとも簡単にあやつる音頭取りとの融合は非常に興味深い。
やはり基礎がしっかりしているからできたものなのでしょう。

また、現在「なんけ節」を取り入れた新しい形の江州音頭を確立(復活)させ、
祭文家の方針に賛同するメンバーが参加し、『祭文家連合』を組織化。

大阪を中心に各方面で活躍。


また、2002年7月より新ユニット「難儀家本舗(なんぎやほんぽ)」として、
新たな音頭の世界を引き継いでいる。


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